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コンサルタントのブログ

地域(産地)のブランド戦略

 最近は地域からブランドづくりの相談を受けることが多くなっています。ブランドは立ち上げてすぐにその効力が発生するわけではなく、ブランドの理念や目的をしっかりと持ち、継続的に、かつ戦略的に使用していくことによってその価値が次第に高まるものなのですが、多くはブランドをつくるところまでを実施し、そのあとは放置してしまうので、さっぱりブランドの価値は高まりません。
 しかも、ブランドの価値が高まらないので、再び同じようなブランドづくりがされてしまい、地域に同じうようなブランドが乱立して、その価値が分散し、ブランドの理念も大きくブレているような事例が多く見られます。
 それらのブランドづくりの多くが行政が関与し、補助金なども拠出していることが大きな問題であると思います。

 行政が関わると、アウトプットを短期的に評価されることになるのですが、ここで、「ブランド=デザイン」という構図ができてしまいます。ブランドを示す記号として、ロゴマークとか、パッケージデザインの開発とか、ネーミングなどをつくるのは良いのですが、それは手段の一部であり、目的ではありません。

 ブランディングの本質はそれらの前後にあります。すなわち、自分たちのブランドの理念は何か、価値の源泉は何なのかとか、その価値をどのようにだれに伝えるか。ブランドの価値を毀損しないための内部の取り組みは何かといった。ブランド開発の前段階で議論すべきことと、開発したブランドをどのように運用し、維持していくか。さらに、どの時点でだれがどのような方法でブランド価値を定量的に評価するかということです。特に評価の方法をあらかじめ決めておかないと、ブランドづくりのプロジェクトがうまくいったかどうか評価できません。

AFCフォーラム(8月号)に寄稿しました。

日本政策投資銀行の農林部門が発行する機関紙「AFCフォーラム」の8月号の「主張・多論百出」に寄稿しました。内容はPDFでも見ることができます。

日本の農業の発展には「経営力のある農業経営者」が必要であり、地域(産地)が一丸となって、その農業という産業の価値を高めなければならない。というようなことを書きました。
この「主張・多論百出」では、少々、過激な論調が必要とのことでしたので、反論も多いかと思います。

長生きに対応する自助努力

社会保障制度の全世代型への改革に向けて、安倍総理大臣は政府の未来投資会議で、希望する人が70歳まで働き続けられるよう、現在65歳の継続雇用年齢を引き上げるため、法整備を進める考えを示しました。

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20181022/k10011681241000.html?utm_int=news-politics_contents_list-items_004

 今日のNHKの19時のニュースで報じられていました。高齢化社会に対してどのように対応するのか国民に問いかけれています。 このニュースに先立ち、10月10日には、厚生労働省の社会保障審議会で年金支給年齢を70歳を超えて選択できるようにすることを軸に年金制度を見直す議論を始めたと報じられています。この中で気になったのが厚労省が下記について社会保障審議会に提案し承認を得たということです。

厚労省は(1)就労期間の延伸を年金制度にも反映する(2)多様な年金と雇用の組み合わせを可能にする(3)長生きに対応する自助努力の促進――の3点を提案し、委員からおおむね了承を得た。

https://www.nikkei.com/article/DGKKZO36320780Q8A011C1EE8000/

 驚いたのが・・・

 長生きに対応する自助努力の促進

  長生きしようとするならば、自ら何らかの努力をすべきである。これは社会保障審議会での議論ですから、長生きすることで増大する医療費や年金などの国の支出を抑えるために、国民が何かアクションをすることを促すというように理解しました。 もちろん、誰もがなるべく要介護、要支援にならないように長生きしたいと願っています。そのために努力を惜しむ人もあまりいないでしょう。しかし、何をどう努力すべきななのか明確に示されたものはありません。せいぜい、働けるうちは働いて稼ぎ、経済的に自立して、年金受給を先送りしましょうといったところでしょう。  この自助努力の手段を考案することが、今後、大きなビジネスになるのではないかと感じつつ、恐ろしい話だと思うのです。 というのは、長生きに対応した自助努力という表現から、「長生きは自己責任」であるとしたように思えるのです。長生きは結果の評価であり、自ら命を断つことがないことを前提とすれば随分、突き放したような感じがします。 似たようの議論で、「生活習慣病」への対応がありました。かつては成人病と呼ばれていた、高血圧、高脂血症、糖尿病などは、30年ぐらい前から、生活習慣病と呼ばれるようになり、これらを予防するために、食事に気を使い、運動をして、ストレスをためないように自助努力を求められるようになりました。長生きも同じようなロジックで自助努力を求められるのでしょうか? 生活習慣病であれば、血液検査などで自助努力の結果を確認することができますが、長生きに対応した自助努力は誰がどのような手段を用いて評価すれば良いのでしょうか? もし、自助努力が認められずに結果的に長生きしてしまったらどうしたら良いのでしょうか?世界的にも高齢化が進んでいる日本の対応が試されています。

ブラックアウト

9月6日午前3時8分に北海道ではじめて震度7を経験した胆振東部地震が発生しました。就寝中だった僕は大きな地震で飛び起きましたが、スマホの緊急地震速報が鳴ったときにはすでに揺れ始めていたと思います。自宅では壁にかけてあった絵が落ちた程度で大きな被害はありませんでした。<br/>地震発生から20分ほどした頃、停電が発生しました。震源地近くにある大きな火力発電所が緊急停止したことで、北海道全域の295万世帯の電力が失われた大停電(ブラックアウト)です。

市内中心部にあって、市役所や北海道電力の近くにあるビルに入居している私の事務所は当日の午後に復電しました。危機管理上の優先順位が高かったのでしょう。自宅も当日の深夜には電力を回復しました。同じブロックに病院があったためこちらも優先的に通電させたのだと思います。電力が戻っても光電話とインターネットは使えませんでした。私の自宅があるブロックから国道を挟んで向かい側にあるビルの屋上に携帯電話の基地局があるのですが、そちらは停電の解消が遅く、携帯電話が通じるようになったのはさらに24時間後でした。

今回の停電では当たり前に電気のある暮らしの便利さを痛感することになりました。また、備えることの重要性を感じました。とくにスマホは情報を得るために欠かせないデバイスです。私は一昨年、ネパールにトレッキングに行く際に大容量のモバイルバッテリーとLEDのヘッドランプを用意したのですが、これが非常に役に立ちました。

今さら、電気を否定した暮らしをすることはできませんが、災害によって、いつ電源が失われるかわからないという状況を常に意識しなければならないとおもいました。今回の大停電では、食料や燃料などを求める人が小売店に殺到しました。普段、無意識だった食事の材料である食材が、生きるために必要な「食糧」となった瞬間です。有事の際には命に関わるほどモノの価値が大きく変わることを覚えて置かなければなりません。

人と野生動物との良い関係

上の写真は2018年7月18日の北海道新聞のWebサイトのスクリーンショットですが、札幌市内の国道沿いにヒグマが出没し、たまたま通りかかったカメラマンが撮影したとのこと。このクマは母グマで近くに子グマがいる可能性もあるとのこと。

実はこの写真が撮れれた場所は、私の自宅から数キロの地点で、よくジョギングしているところなのです。日中は車通りが多いのですが夜になると車も少なく、明かりもほとんどない場所です。走っていて、突然、クマさんに出会いたくないのでしばらくは違うジョギングルートを選ぶしかありません。

先日は自宅の外で「キャーン」という叫び声が聞こえて、窓を開けてみるとキタキツネが走っていました。札幌市内中心部にも鹿が出没したり、ヒグマも住宅が密集している場所に出没してコンポストをいたずらしている姿が目撃されたりしているので注意が必要です。

クマなどの野生動物が人里に降りてくるのは人がクマの生息地を奪っているのか、森の中のエサが減っているのかわかりませんが、人と野生動物との新たな関係を考える良い機会になるのではないかと思います。住宅街で駆除するのも危険だし、放置して人に危害が加わるのはもっと危険なことです。共存の方法はどこにあるのでしょうか?

有名な「三毛別羆事件」は大正時代に北海道の苫前で起きた史上最悪の熊害(ゆうがい)であり、吉村昭が実話をもとに「羆嵐」(新潮文庫)という作品に残しています。とても恐ろしい小説です。

農業者のところに行くと、デントコーンやビートが熊に食べられたという話をよく聞きますが、直接熊と対面した話はあまり聞きません。熊の方も人と出会うのは嫌なのでしょう。まずは熊の生態を学ぶことからでしょうか?死んだふりをしても効果はないみたいだし・・・