Reclaim the Earth!

視界のきかない2021年ですが、今年もよろしくお願いします。

風不死岳山頂から支笏湖を望む

コロナに振り回された2020年が終わり、新たな年がはじまってすでに10日あまり経ちました。今年の年末年始はコロナの感染拡大の防止から人の移動も少なく、いつもと違うことに戸惑いをかくせません。

首都圏には緊急事態宣言が発出され、近いうちに近畿、東海あたりも対象地域になりそうです。僕の住む北海道は、今のところ緊急事態宣言の対象外ですが、首都圏の活動が制限されると当然、仕事にも大きく影響します。

コロナ禍とそれにともなう人の移動の制限などで飲食店関係や観光業などは直接的に大きな影響を受けていますが、そのほかのほとんどの産業が厳しい状況に置かれ耐え続けています。影響を受けていない事業者もこの閉塞した状況でネガティブになっているようです。

事業者だけではなく、個人の暮らしも大幅に制限させられています。「自粛」という、個人の主観的な尺度にもとづく行動の制限は、それぞれに置かれている環境や情報リテラシーなどによって基準が大きく異なります。他人の行動様式に納得できない人も大勢いるでしょう。一方で、自粛という個人の自律的な行動に任されているということは私権が制限されているのではないこととも言えるので、考え方ひとつで自由を感じることができると思います。

もっとも大きな問題なのはこのコロナ禍が終わるのかということです。また、どの状態になったら終息が宣言されるのかがぼくたちには見当もつきません。終わりの見えないトンネルを無灯火で走り続けているようなものです。

世界中で人の動きが止まりました。人の行動の決定を促すのに、直接的な対話の比率が減少し、インターネットを介したコミュニケーションやネット上にある情報に依存せざるを得なくなっています。

情報を受け身でとらえるか、情報を積極的にとりにくのかによって得られる情報の質は異なります。また、情報を分析し、仮設を立てる際に教養のレベルが試されることになります。

先の見えない状況では事態は刻一刻と変化しています。行動を決定する判断は非常に難しいため、多くは様子を観察している、つまり自粛を決め込むしかないというのが現状のようです。